季節のお荘厳

HOME > 季節のお荘厳 > 御絵伝

御絵伝

«季節のお荘厳一覧へ

浄土真宗の宗祖親鸞聖人のご遺徳を偲び、その御恩に報いる法要である(御正忌)報恩講が、1月の9日から16日まで本願寺でお勤まりになります。これは、本願寺第3代宗主覚如上人が1294(永仁2)年に『報恩講式』を著し、宗祖親鸞聖人の三十三回忌を迎えられたことに始まるといわれています。
そして覚如上人は、その翌年に『善信聖人絵伝』を著されます。この『善信聖人絵伝』は親鸞聖人の御一生を著した巻物で、詞書(ことばがき)といわれる文章の部分と、その内容を絵に表した絵伝(えでん)の部分から構成されていました。後年『善信聖人絵伝』は、その詞書と絵伝とが分かれ、前者は『御伝鈔』上下二巻本、後者は『御絵伝』4幅の軸装となります。親鸞聖人の御一生を絵で見ながら、独特の節回しが付けられた『御伝鈔』を聞き、真宗門徒達は、ありし日の宗祖親鸞聖人に思いを馳せていたのでした。
本願寺で毎年1月の9日から16日まで行われる御正忌報恩講は、本願寺の1年間の様々な法要行事の中でも最も大切な法要であります。そのお荘厳(しょうごん:お飾り)も平生とは違い、特に御影堂の両余間では、十字名号・九字名号を外し、8幅の『御絵伝』を4幅ずつ奉懸(ほうけん)されます。大伽藍のなかに本願寺独自の8幅の絵巻物が並んでいる有様は荘厳(そうごん)であり、ぜひお参りいただきたく思います。
このように、報恩講に『御絵伝』を奉献する形式がいつから始まったのかは定かではありませんが、その手がかりが第8代宗主蓮如上人の十男である実悟が著した『蓮如上人仰条々』にあります。そこには、1440(永享12)年に本願寺第7代宗主になられた存如上人の時代の阿弥陀堂と御影堂(両堂形式の始めといわれている)の大きさや間取りが記されています。

阿弥陀堂は三間四面(さんげんしめん)のお堂で、現在の外陣(げじん)と呼ばれる参拝者用の大きい空間は無く内陣(ないじん)のみの造りで、ただしの正面に参拝用の広縁がありました。
御影堂は、阿弥陀堂より大きく五間四面(ごけんしめん)と記されています。その内陣は阿弥陀堂と同じ三間四面なのですが、その向かって左側(東向きのお堂なので南側にあたる)に間口が二間、奥行きは内陣と同じ三間の床のある間がありました。その間のことを「霜月報恩講ニ御絵伝カケラル押板 野村ニテモ同キ也」、つまり11月(旧暦)の報恩講に『御絵伝』を掛ける場所として、野村(山科本願寺)と同じであると説明されています。これは絵伝を飾るための間として用意されていたと考えられる記述です。
宗祖親鸞聖人の御真影(ごしんねい)を御影堂の正面ではなく北側にご安置し、南側には『御絵伝』を奉献していた様子が窺われます。それほど、この『御絵伝』は大切なものとして浄土真宗では尊まれてきました。
1月13日には本願寺御影堂で『御伝鈔』の拝読があります。本願寺の8幅の『御絵伝』、そして『御伝鈔』の拝読、御正忌報恩講には浄土真宗の歴史が沢山つまっています。是非ご参拝下さい。